「つば」は汚いのか?
本日は、斉藤滋先生の『よく噛んで食べる~忘れられた究極の健康法~』よりお届けいたします。
◇「つば」は汚いのか?
唾液の事を私たちは日常「つば」と呼んでいます。この「つば」という言葉には汚いもの、悪いっものというイメージがついて回ります。
いやな相手に「つば」をかけるのは本当にいやな意思表示でしょう。ケチな人を指して「“つば”も出さないという表現もあります。また、「天に“つば”する」ということわざも、他人を害しようとしてかえって自分の身を損なう、つまり上を向いて唾を吐けば唾が自分の顔に落ちてくるというように、「つば」は汚いイメージで捉えられがちです。
私は、大学で唾液の講義を始める前に、いつも学生達に「人間の体液で大切なものは?」という質問をしてみます。すると、彼らが答える順位は1位:血液、2位:尿、3位:唾液という結果になります。
これは唾液が生体で非常に大切な役目を果たしているにもかかわらず、一般にはそれが理解出来ないことを表しています。私にすれば、単に理解されないとか評価されていないというより、むしろ「とんでもない「冤罪」といえるくらいです。
唾液は汚いものという悪い風評を払拭し、人間にとって重要な役割を担っていることを正しく理解してもらいたいと思っています。私にとって、人間の体液で大切なもののナンバーワンは唾液なのです。
さて、どなたもご存じのように、血液は、全身の臓器や細胞に栄養や酸素を供給し、老廃物や二酸化炭素を運搬・除去するという重要な働きをする、人間にとって最も大切な体液です。血液が通わない組織は生きていけません。
また、尿は、血液が腎臓の糸球体という毛細血管で濾過された体液で、一日の排泄量は約1000~2000ml程度です。腎臓から膀胱に流れていく尿細管で、選択的な再吸収によって、主にタンパク質や筋肉の代謝産物である尿素、尿酸、クレアチニンや多くの老廃物などが濃縮されています。尿の基本的成分は血漿(血液から血球成分を除去したもの)と類似しています。いずれも細胞の外側を流れる体液(細胞外液)ですから、血液と尿の共通した性質として、薄めの塩味があるということがあげられます。
では、唾液はどうでしょうか?もし、「今日の唾液は少し塩味が強めかな?」などと感じた人は何か体に異常があると考えなければなりません。おそらく、口内に炎症か出血があるものと思われます。
唾液は、血液や尿とはまったく異なる体液です。三大唾液腺である耳下腺(耳の下側)、舌下腺(舌の付け根)、顎下腺(下あご)から、それぞれの導管(パイプ)を通って、上顎第一大臼歯の頬粘膜、舌の下側の付け根付近から口の中に分泌されます。
唾液腺の細胞では、毛細血管から栄養をもらって、唾液を作ります。細胞膜の一部がシャボン玉のように膨れて、次々に細胞内の体液を取り込み、細胞外に放出したものが唾液の主成分です。これを体外に放出するので、「外分泌」と呼んでいます。つまり、唾液は自分の細胞内液であり、「液化した自分」ともいえます。
次に、唾液の成分の一部は再び毛細血管へ呼び戻され、全身に運搬されていきます。これは「内分泌」と呼ばれ、唾液由来の重要なホルモンを全身に供給するための非常に大切な仕組みです。
ある医学書によると、人間の顎下腺は睾丸とほぼ同じ重量、耳下腺は睾丸の約2倍、舌下腺は睾丸の3分の1なので、これら三大唾液腺は合わせて睾丸の3.78倍の重量になると報告しています。
これは大変興味深い数字です。唾液腺は、生殖やホルモン分泌に大切な役割を果たしている睾丸よりも大きな分泌臓器でありながら、そこから分泌される唾液は、汚いとか食物を飲み込むための水分程度にしか考えられていないのです。このように誤った歴史的先入観を変えてもよい時代になってきました。
実際のところ、唾液がなくても、すぐに死ぬことはありません。しかし、ようやく最近の研究で、健康な活力を作り出すために、唾液は非常に重要な働きをすることがわかってきました。
唾液は、人体というシステムを円滑に維持・向上させる役割を担っていることがわかってきたのです。
とくに、私たちがイキイキとした活力のある健康を維持するためには、唾液は血液や尿と同じように、あるいはそれ以上に重要な体液なのです。唾液が必須の水源地であるということは、強調してもしずぎることはありません。
参考文献 よく噛んで食べる~忘れられた究極の健康法~ 斉藤滋 NHK出版
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