何がためになるか分からない
大学性の生理の講義中の話です。
この生理の教授は、すこし力が抜けているというか、リラックスしているというか、なんか親近感がわく人格でした。
私は、基本的に基礎系の学科が結構好きでした。
体の仕組みや構成を勉強するのが楽しくて仕方がなかったのです。
逆に外科系の勉強は大嫌いでした。今は、外科中心の生活を送っているのに。不思議な物です。
で、この生理の教授。授業の時間がすこし余ったのです。そこで、自分の学生生活の話をし始めました。
教授によると、自分が大学院生のころ、担当の教授から与えられたテーマが苦痛で仕方がなかったというのです。でも、担当教授から言われたことなので、一生懸命がんばったそうなのです。本当はやりたい課題があったのに。
で、その教授がしみじみ、私たちに言うのです。
「で、どうなったかというと、その嫌で嫌で仕方がなかった研究課題が、今は生活の元になってる。嫌で研究した自分の課題で飯を食っているんだよ。世のかなわからんね」
そのときは、非常に可哀想な先生だなと思ったのものです。
で、自分の大学院1年生の時に、教授に与えられたテーマが「材料学」。
(教授ごめんなさい)私は細菌学がやりたかったのでとても残念に思いました。地味だし、患者さんとの絡みはないし。
で、結果的にどうなのかというと、生理の教授と同じように自分のテーマで飯を食っているという感じです(笑)。
歯科は形態学で、欠損した部位やう蝕で欠けた歯を元に戻す治療です。そのため材料の性質がとても重要になってきます。
大学院の時に嫌々読んでいた材料のデータ読みが難なく出来るので、その材料の利点欠点がすぐに分かってしまう。
これは本当にありがたい。脳が軟らかいときに詰め込んだことが良かったのかな。
とにかく、世の中には無駄なことは1つもないということなのかしら。腐らないでやることが大事なのだぞ運命の神様がささやいているのかしら。
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