日本選手を支える医療
本日は、日本経済新聞8月10日分よりお届けいたします。
日本選手を支える医療
八日に開幕した北京五輪。世界のトップレベルの選手が集う五輪では、紙一重の差が勝敗の行方を左右することも珍しくない。こうした中、選手の能力を最大限に引き出すための医療的なサポートで、注目度が上がっているのが歯科医療やメンタル面のケアだ。
専門のバックアップを受け、強い「歯」と「心」を持った日本選手達の活躍に期待が高まる。
「歯のかみ合わせは、成績を大きく左右する体のバランスに直結している」
日本で初めて大学にスポーツ歯学研究所を立ち上げ、日本オリンピック委員会(JOC)の強化スタッフドクターでもある東京歯科大学(千葉市美浜区)の石上恵一教授は強調する。
☆全身に様々な影響
石上教授によると、歯のかみ合わせの僅かなずれは、全身に様々な影響を及ぼす。重心がぶれたり、特定の筋肉に偏った負荷がかかったりして、アスリートが本来もっている能力を発揮できなくなる。
「肩こりや首、腰の痛みを引き起こし、それが大きな怪我に繋がることも考えられる」(石上教授)という。
女子マラソンの土佐玲子選手が三年をかけて歯列矯正に取り組んだのも、走りのバランスには関わっていないが、「矯正の成果も大きいはず」とみる。
土佐選手に限らず、歯のかみ合わせと競技レベルの関係に注目し、改善に取り組むアスリートは少なくない。「野球やゴルフ、フィギュアスケートなどの瞬間的に大きな力を出す競技ほど噛みあわせ治療が結果に結びつきやすい」。
石上教授が診察したプロ野球選手のケースでは、補正器具を使うだけで、重心が安定し、打撃成績が飛躍的に向上したという。
歯のかみ合わせは一ミリ以下のズレでも全身に影響がでる。サッカーなどの接触プレーがある競技の選手が外傷予防のために使うマウスガードが実は噛みあわせを狂わせている可能性がある。歯型にしっかりと合っていないと顎の顎関節症になる恐れもあり、石上教授は「トップレベルで競技することを前提にした場合、マウスガードは歯科医の指導で作ることが望ましい」と指摘している。
トップアスリートは幼少期から競技一筋の生活を送るなど、一般の人とは大幅に異なる環境の下で育ってきたケースが少なくない。このため抱える悩みも特有なもの。心理的サポートの有無は、競技結果だけではく、生活そのものにも大きな影響を与える。五輪で戦うような戸プアスリートを支えるのが、国立スポーツ科学センター(東京・北)のスポーツ科学研究部心理グループだ。
北京五輪には、医師、栄養士、トレーナーらに混じり、心理の専門家も同行。その一人、同センターの武田大輔研究員(体育科学)は「トップアスリートには(リラックスの仕方)うわべだけの技術を教えても意味がない。悩みを訴えてきた時に、徹底的に傾聴するところから始める」と説明する。心理グループの陣容は、常勤四人、非常勤四人の計八人。メンタルトレーニング講習会に出席したアスリートから個人的なサポートを依頼されることが多く、年間の延べセッション回数は約二百五十回に上るという。
◇根元的問いかけも
典型的な悩みは「やる気が出ない」「怪我から復帰できるか不安」「監督や仲間といまくいかない」というもの。漠然とした悩みだけでなく、過食・拒食やうつなど、具体的な症状となって現れることもある。「自分は本当にアスリートになりたかったのか」など根元的な問いかけもみられます。
武田研究員によると、こうした悩みや症状の奥には、アスリート本人が気が付かない対人関係の問題などが潜んでいることがある。「繰り返し丁寧に話しを聞いていく中で、アスリート自身が問題の在りかや意味に気づいていく。我々の役割は、そのお手伝いをすること」(武田研究員)
心理状態を数値化する様々な測定方法がありますが、。トップアスリートのレベルでは、点数の上がり下がりはあまり意味をなさないという。それよりも武田研究員は「アスリートは、競技を通じてどのように生きていくのかを試行錯誤している存在。成果も大事だが、自分にとって競技とは何かを考えてもらうことや、競技後の生活をどうするかなど、先を見据えたサポートが必要だ」と訴えている。
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