がん患者の苦痛
本日は、日本経済新聞2月7日号に掲載された『医師の目』よりお届けいたします。
◇がん患者の苦痛、心の問題も
がん医療現場でのうつ病について報告したい。
数ヶ月前に進行乳がんの診断を受けた60歳の女性。手術が出来ないため、ホルモン療法を行っていた。治療効果は良好だったが、副作用と思われるめまい、ふらつきに苦しめられた。
症状があまりにも辛いため、患者は治療中止を選択。1ヶ月を経過しても症状は改善せず、何かおかしいと感じた担当医が精神腫瘍科を紹介した。
患者は疲れ切っていた。ホルモン療法開始後のめまい、ふらつきが苦痛で気分がめいり、物事に対する興味も薄れ、眠れず、食欲が低下し、身体はだるく、新聞を読んでも頭に入らなくなってしまったという。
家族も急に変わってしまった患者に戸惑っている様子であった。
この患者をみて、どう思われるのであろうか。がんの進行で身体が衰弱したのだろうか。それとも、がんになったことで悩んでいるのだろうか。
実はそうではない。この患者の診断はうつ病。問診で明らかになった。食べられない、身体がだるいなどの患者の訴える苦痛は、一見がんによる症状のようだが、うつ病の症状の一部である。
患者に、精神腫瘍科の診断はうつ病であること、それが良くなってからホルモン療法の再開を伝え、抗うつ剤を投与。すると治療開始後2週間でよく眠れるようになり、3週間後にはめまい、ふらつきがなくなった。
このころから「もう一度治療を受けたい」と話すようになり、1ヶ月後にはホルモン療法を再開した。その際めまい、ふらつきはなかった。
では治療中断のきっかけとなった「めまい、ふらつき」は一体何か。実は、これはもうつ病の症状だった。患者は、それらが初めの治療開始と同時期に表れたことで、薬の副作用と感じたかもしれない。また、うつ病で治療意欲が低下していたことが治療中断に至った理由かもしれない。
治療中断の選択は人生における重大な決断であり、適切な判断が出来るよりよい精神状態の下で行われるべきだ。しかし、うつ病になるとその判断の適切さが失われることがある。何かおかしいと感じた担当医の判断がこの患者を救ったのだ。
埼玉医科大学教授 大西秀樹先生 投稿
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