子供の脳の仕組みを知る
本日は、AERA with Baby 08春号より東京大学大学院准教授 多賀厳太郎先生のレポートよりお届けいたします。
☆子供の脳の仕組み
最近、脳科学の研究結果が一般にもわかりやすく報道されることが多くなってきました。「前頭葉」「シナプス」「臨界期」といった単語を耳にしたことがある人も大いでしょう。研究がめざましく発展したようにも見えます。
ところが、赤ちゃん脳研究のリーダー的存在である東京大学大学院教育学研究科の多賀厳太郎先生いわく、「実は、赤ちゃんの脳は、全くといっていいほど分かっていないんですよ」
MRI(核磁気共鳴現象を利用し生体内の情報を画像化する方法)などを使って脳の映像を観察する事ができ、言葉も話せる大人と違って、研究対象はまだまだ小さい赤ちゃん。「何が見えるの?」「どう感じるの?」と訪ねても答えてはくれません。
「従来から脳派を調べる方法はありましたが、それで得られる情報はごく僅か。動物実験にしても人間にそのまま当てはまるという確証はありません。実際に人間の脳のどのような場所で神経の配線が作られ、どのように張り巡らされていくのかといったことについては、まだ推測の域を出ないんですよ」
脳の発達というと、よく、「生後何ヶ月経つと、脳のある部分が発達するため、○●が出来るようになります」とういった説明を耳にしますが・・・・。
「実は、それもきちんと実証されてはいません。そもそも脳が発達するから行動できるようになるのか、行動することで発達するのかもはっきりしていないんです。」
「ここが発達するからこれが出来るようになる」というような、因果関係を含んだ説明は、脳の専門家でなくても分かりやすく、みんなが納得しやすいのは事実。脳の発達の時期に合わせた早期教育の売り込みいも使われたりもします。しかし、脳の世界はそれほど単純ではないようです。
☆生後2~3ヶ月で大変化が起こる
脳の機能に関しては、近年「光ポトグラフィー」という計測方法が普及し始め、少しずつ解明が進んでいます。「光ポトグラフィー」は、音を聞いたり、物を見たりするときに、脳のどの部分がどのように働いているかを調べる方法です。この研究手法によって、脳の発達についてもある程度の予測が出来るようになりました。
赤ちゃんは、大脳皮質を除いた大部分が機能した状態で生まれてくると考えられます。中脳や視床下部など、大脳の内側にある部分は、体温や呼吸の調節、心臓の規則正しい拍動のような生命維持に欠かせない働きをつかさどるところ。生きていく上で、必ず働かねばならない、いわば本能に近い部分です。
一方、大脳の表面をおおう大脳皮質は、知覚や意思に関係する情報処理の中心となります。大脳皮質が未熟な状態で生まれてきて、赤ちゃんの時期に劇的な変化を遂げるというのが、最近の考えです。
個人差はありますが、赤ちゃんを観察すると、生後2~3ヶ月くらいの間に、動きががらりと変わる様子が見られます。例えば、仰向けに寝かせると、新生児のうちは手足をばらばらに動かします。それが、3ヶ月を過ぎた頃になると、自分で止められるようになったり、片手だけを動かしたりできるようになるのです。
目の動きも同様です。新生児の目からは、ぼーっとして、どこを見ているのか分からない印象を受けるものですが、生後3ヶ月頃になると、物を注視したり、目をそらしたりできるようになることが観察されています。
こうした観察、実験から推測するほか、光トポグラフィーで赤ちゃんの脳の動きを調べても生後3ヶ月が一つのポイントになるようです。
☆3ヶ月頃に大脳皮質が発達
多賀先生の研究室では、月齢の異なる赤ちゃんに映像を見せたり音を聞かせたりする実験を行っております。
その結果、成人が物を見るときに働く視覚野や、音声を聞いたときに働く聴覚野が3ヶ月の赤ちゃんでは、同じように活動している様子が見られました。この結果、少なくとも3ヶ月までには大脳皮質が大きく発達していると考えられます。
成人の脳では、視覚野や聴覚野のように、音や光など刺激によって情報を処理する場所が違うことが、ほぼはっきりしています。この成人の脳の原型が、生後3ヶ月までに出来ていると考えてもいいかもしれません。
ただし情報処理を行う各部分の住み分けが、多くの刺激をうけたことでできるのか、あらかじめある程度区分けされていて、それぞれの場所が発達したことで明確になるのかは、まだはっきりしていません。
◇いくつかの要因が関係し合い成長する?
受けた刺激の量に応じて、脳の構造が変化したり配線が出来たりという考えから、「それなら、早いうちにどんどん刺激を与えるべきだ」と早期教育につなげる考えもあります。
ところが逆に、もともとある程度、脳の仕組みがあって、そこに刺激が入ったことで、その部分が発達するようになるという考え方もありえるのです。
刺激を受けるから成長するのか、それとも、構造があるから刺激をうけるのか-。「多分、両方の面があると思います」と多賀先生。
「根本的な問題ですが、難しいですね。今後研究が進むにつれ、発達の筋道がもっと見えてくると思います。」
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