歯の治療は、実は・・・。
本日は、飯塚哲夫先生の著書「歯科受診の常識」からお届けいたします。
歯の「治療」は、実は「修理」
多くの人々は、「歯の治療」というものを、具体的にはどのようなものと考えているのでしょうか。
「歯の治療」というと、おそらく、「つめる」「かぶせる」「差し歯をいれる」「入れ歯をいれる」「歯を抜く」「歯並びを直す」といったことを想像すると思います。
しかし、このような行為を「医療行為」と見なしている国は、世界中を見渡しても、日本を含めて只の一つもありません。
つまり、一般に「歯の治療」と考えられているのは「治療」ではなく、「医療」の範疇に入るものではないのです。
「入れ歯をいれる」という行為を考えてみましょう。
口の中へ入れ歯を入れても、どんな種類の病気も治りません。そもそも入れ歯を入れるという行為の目的は、病気を治すことではありません。それは口の中の土木工事にすぎません。
入れ歯を入れれば、歯の無い所に人工の歯が作られてモノが噛めるようになります。しかし、それによって何らかの病気が治るわけではありません。
虫歯の穴に金属や合成樹脂などを詰めれば、穴はふさがります。虫歯のために形が崩れた歯に金属の冠をかぶせれば、歯の形は元通りになります。モノが噛めるようになります。
しかし、そのような行為は、虫歯で崩壊した歯の形を回復するための土木工事に過ぎず、虫歯という病気を治す役に立つものではありません。
虫歯で崩れた歯に差し歯を入れれば、歯の頭(歯冠)の形は回復します。しかし、この行為にも「医療」の意味がないことは明らかでしょう。
歯を抜く事が「治療」でないことは、言うまでもないことです。歯の治療とは、歯の病気を治して健康な歯にする事です。そうなれば、抜く必要はなくなります。つまり、「歯の治療」とは「「抜歯」とは正反対の行為なのです。
歯の神経を抜く(とる)ことを「治療」と考えている人は、すくなくありません。何か悪いところ、あるいは病的なものを取り除いて健康にすることと思っているのかもしれません。
そもそも「神経をとる」という言い方が間違っているのです。歯の中には「神経」が入っているのではありません。「歯髄」と呼ばれる、生体の一部が入っているのです。というよりも、この歯髄が「歯」という器官の本体であり、我々が「歯」と考えている硬い部分は、歯の衣服とでも考えるべきモノなのです。
たとえば、貝という動物の本体は我々が食べる中身のやわらかい所であり、貝殻ではありません。貝殻は、貝という動物の衣類にすぎません。中身のない貝殻は、貝という動物の死骸と言っていいでしょう。神経をとってしまった歯は歯の死骸にすぎませんから、神経をとるという行為は、歯を殺すことなのです。
歯そのものに問題があって抜かれる歯は、例外なく死んだ歯、つまり歯髄のない歯です。
生きている歯は、どんなに高齢者の歯でも、歯自体の問題で抜かれることはありません。この一時を考えても、「神経をとること」すなわち「歯を殺すこと」がいかに重大なダメージを歯に与えることであるか理解できると思います。
しかし、実に多くの人が、「神経をとること」を一種の治療と考えているようなのです。「この歯は、たしか3年まえに、ちゃんと神経はとってもらっているはずです」と言う患者さんは大勢います。
歯並びを直すいわゆる矯正治療は「治療」でないことは明らかでしょう。歯を動かして悪い歯並びをきれいに並び替えることは、まさに、口の中の「土木工事」そのものでしょう。
歯並びを直す歯列矯正という行為を医療行為の一種と考えている国は、世界中に一つもありません。歯並びを直す行為は、美容的効果はあるかもしれませんが、医学的見地からは数々のデメリットがあり、メリットはほとんど無いものなのです。
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しろくま歯科医院から一言。
今回のブログは、いろいろな考えがあっても良いのではないかという立場から参考にさせていただきました。
私は、歯科治療はれっきとした医療と思っていますし、矯正治療も必要不可欠なものです。
しかし、非常にドライな考え方をすれば、飯塚先生のような考え方も一理あるのかなというきはします。
参考文献 歯科受診の常識 歯科に行くまえに読む本 飯塚哲夫著 愛育社
修理というよりは修復ですよね。整形外科の骨置換とかも修理とみなして良いのやら…。
本って書いた者勝ちみたいなところがありますからね。国も認める医療行為な訳でして…。
飯塚先生の考えは 部位 だけ 単品 としてのようの思える。
身体はつながっている、川が流れているようなもの、
やはり 医療として,清潔、学術的にお願いしたい。