ピース6歳
愛知県砥部町の県立とべ動物園で生まれた時から飼育員に育てられたホッキョクグマ「ピース(雌)」が人工飼育記録の更新を続けています。
体調211センチ、体重295キロ。12月2日に6歳の誕生日を迎えました。ピースは最初双子でしたが、もう一頭は生まれた直後に母親が誤って傷つけてしまい、死んでしまいました。
飼育員の高市さんに生後110日まで、夜は自宅へ連れ帰ってミルクを与えるなどして2人いる子供同然に育てました。
ホッキョクグマはこれまで国内で約120頭生まれましたが、半年以上育ったのはピースを含めて18頭しかいません。完全な人工飼育は例がなく 海外でも2頭が報告されているだけです。
ホッキョクグマは温暖化の影響で頭数が極端に減ってきている種です。我々の努力で温暖化を防ぎ、ホッキョクグマの絶滅にいたる時間を少しでものばせたらと思います。
僕今晩でるよNHKに見てね 子供のときから 大きくなるまで 人間と温暖のなかで苦労してんだから。
すごい…ピースくんからコメントだ!
先のレスより、しろくま先生も充実して幸せそうで何よりです。
お金で買えるものなんてモノでしかないのに、「お金で買えないものなんてない」とのたまってた某ホ○エモンは株主への配当金を捻出することができず涙を流して謝罪していたそうな。計上黒字154億円で2年連続で無配当という暴挙。お金って何なんでしょうね・笑。
物欲から解放されて生きたいですね。
ピースくん
ピース君、コンピュータ扱えるんだね。びっくり。私もしろくまですが、コンピュータ扱えます。仲間ですね。これからもよろしく。
須田先生
私、欲しい物ありました。毎日のブログのネタが欲しいです。
ネタがないのは 幸せだからかも? 右手に幸せ袋 左手に少し困った袋 これって?ーーーいいとも。
昨日はコメント有難うございました。本当に嬉しかったです。先生のブログで「お父様のボールペン」の話、感動しました。私も19歳で父を亡くしました。6歳の時、私は父のある一言でショックを受け、それから父に近寄れなくなりました。3人兄弟の2番目に生まれた私は、勝手に「愛されていない」と勘違いしていたのです。それは私が2人の子供を授かり、どちらも比べ物にならないくらい可愛いと解った時には遅かったのです。中学の頃から悪い仲間と一緒にいたり、反発したりで心配かけたでしょう。一度遅くに帰ってきたときに父にぶたれました。でもその後に「あの時はごめんな」と言われたのです。今でもそのときの顔は忘れられません。しかし、父が癌で倒れ闘病中も私はどうしても父の病室に行くことは余りありませんでした。話すのがとても怖かったし、2人きりになるのが嫌でした。トラウマですね。私は今そのショックな一言が原因で精神年齢が6歳でとまっているといわれました。今も中
度の鬱とパニック障害、対人恐怖症をかかえています。
考え方が幼稚で、私より年齢の高い12歳と9歳の子育てに悩んでいます。色々書いてしまいましたが、父が亡くなったときに父の遺品を沢山もらっておくべきだったと後悔しています。幸い父の好きだったブランデー、キーホルダー、ボストンバックくらいは私の手元にあります。それとパソコンと向かい合う私の前には父の微笑む写真があるのです。
花さま
コメントありがとうございます。
私は人の人生に口を出すほど偉くはないのですが、一つだけ言える事は 、自分が嫌な事は、それを教訓にして他人に自分と同じ嫌な思いをさせない事だと思います 。
花さんには2人のお子さんがいるという事ですが、自分が小さい時に受けた傷を、今の自分のお子さんに与えていませんか?自分の経験を十分に生かして、自分は同じ轍を踏ませないという事が親としてのつとめではないでしょうか?将来に経験が活かせれば、辛い過去も将来大金の輝きを持つようになるかもしれませんよ。
花さんの人生は、既に花さんのものではありません。子供の物でもあります。もっと自分を大事にしてください。